のぐっちゃん、という男の子がリビセンを旅立ちました。
去年の夏からほぼ1年、サポーターズ、アルバイト、終いには現場大工として、形を変えていきながら関わり続けてくれました。
気持ちのいい働きぶり、真面目で誠実な人柄とその真面目さからくる明るいキャラクター。
愛され放題愛されて、諏訪を旅立ちました。
彼との関わり合いそれ自体もとても嬉しいものだったし、
彼がきたことで生まれたスタッフの変化もとても興味深く、
大げさに言えばとっても感動的なものでした。
少し経営的な話をすると、あたらしい関わりかたのひとが増えるたび悩みやトラブルがうまれます。
「リビセンがデザインする物件に大工として入ってくれるひと」
(しかも県外からで諏訪に家はないし、諏訪にも数ヶ月しかいる予定じゃない)
「社宅に住んではいるけど働いているわけではないひと」
社員でもアルバイトでもサポーターでもないその生命体を、なんという存在でとらえたらいいんだろう?
たとえば社宅の家賃の設定はどうするか、リビセンの使い方の設定はどうするか、雇用契約をどのように考えるか、社割販売などは適用するのかしないのか…
振り返ってみると、ここ半年はそんな悩みが尽きず、現場レベルでの小さな混乱と、その混乱を解決するためにそもそも論を引っ張りだして制度ひとつひとつについて考えなおす、そんな時間だったなと思います。
でも、そんなうっすらとしたわたしの不安や混乱なんてよそに、
夜になるとみんなそれぞれの現場や持ち場からリビセンの食卓にあつまり、
みんなおつかれー!とスタッフ達は圧倒的なウェルカム力で彼らを受け入れる。
そしてとにかくごはんを一緒に食べて片付けて、おやすみなさいと同じ家に帰っていく景色は続いていく。
眼の前にある景色に感じる正しさや気持ちよさを、どうやったら持続していけるのかしら、と、悩みの発端であるはずのその景色の中に未来への希望をもらって、答えを探すような日々でした。
小さな会社ですくない社員で営むリビセンにとって、
こうして色んな人がそれぞれの関わり方で出入りしてくれることは、
こうした悩みを見つけることができるという点でわたしにとっても、
多様なひととはたらくことができるという点でスタッフにとっても、
本当に素晴らしいことだなぁ、と怒涛の人の流れのあった2019年の上半期を終えて思います。
小さなチームだからこそ、存在しあうことの意味は大きい。
ひとひとりの存在が、どうしようもなく影響を与えあってしまう。
ひとりいることいなくなることの影響は、よくもわるくもとっても大きい。
確実に、お互いが存在しあっている。それが、とっても面白いです。
小さな生態系のなかで様々な存在がうまれ、成り立ったり 成り立たなかったりしながら、少しずつ景色が出来ていく。
そんなイメージです。
サポーターズを通じて人と出会い、その先に新しい関わりかたを提案して関わり続ける。
オープン当初から続くサポーターズ、という仕組みは、そんな展開を生む入口でもあります。
お客さんとしてだけじゃなく、はたらきを通じて関わりあえるこの試みに、
どうぞジョインしてくださいまし。一緒に、まかない食べましょ!
わたしの今年のテーマは、生態系をつくる、なので、
下半期もこれからもいろんな関わり方を発明していきたいなと思います。
そんな風に思えるのも、のぐっちゃんのおかげ。
リビセンの方向性をつくってくれたのぐっちゃんに大きな感謝を。
彼は大分の杵築市に移住します。
九州のみなさん、のぐっちゃんをどうぞよろしくおねがいしますね。